君は本当に美しかった。
 色とりどりの花に囲まれて微笑む、濡れたような黒髪の、緑の瞳をした君は。






「カヤナ。髪に葉っぱが」
「え? ――ひゃっ!」

 うなじにひんやりとした感覚があり、カヤナの口から声が漏れた。まさか自分の出した悲鳴だとは思えず、驚いて沈黙した後、首を触った人間の方を振り返る。触った側もかなりびっくりしたようで、カヤナを丸い目をして見つめた。
 青い髪の青年は、気が付いたようにふっと笑った。

「カヤナ、今すごく可愛い声出た」

 にやにや顔でからかわれ、頬が熱くなる。カッとなってぱんと頭をはたくと、軽い力だったにも関わらず、青年は「痛いよお」と眉をハの字にして頭を押さえた。

「叩かなくてもいいじゃない」
「馬鹿、イズサミが急に触るからだ!」
「だって髪に葉っぱが付いてたんだもん。この木の葉が落ちてきたんだよ」

 イズサミが見上げるのにつられ、カヤナも目線を上げた。二人が地べた座っているすぐそばには大きな木があり、分かれているたくさんの枝に青々とした葉が無数に生えていて、時おり吹く風に揺られ、さわさわと音を立てている。
 よく晴れた日だ。天気のよい日には、この広い花畑に来て、二人で他愛もない話をしている。出仕している屋敷にこもっていても、風紀に厳しい年配の侍女たちに「廊下で遊ぶな」だの「おとなしくしていなさい」だの口うるさく言われるので、時間があるときには二人して外へ出て、川遊びをしたり草原で昼寝をしたりして時を過ごす。様々な花が咲き誇る、この綺麗な花畑は、昔から二人のお気に入りだった。屋敷から少し遠く、町からも離れているので、来る人間があまりおらず、広々とした場所を二人占めしているようで気分がよいのだ。

「葉っぱ、取れたよ」

 声に、再び視線をイズサミに戻す。彼は、カヤナの髪をひとふさ手のひらに取り、まじまじと眺めていた。どうして葉を除けたのに髪を触っているのだろうと不思議に思い、手元を見つめる。注がれる視線に気付いたイズサミは両目を上げ、かすかに口角を上げた。

「カヤナの髪、綺麗だなって」
「はあ?」

 拍子抜けして、呆れた声が出る。

「綺麗か? 櫛でとかしても、うねってしまう髪だぞ」
「綺麗だよ」

 繰り返し、イズサミは言う。青年の迷いない言葉に妙な羞恥を抱き、カヤナは返す文句が見つからなくて口をつぐんだ。依然、彼の手に自分の髪が載せられているのが気恥ずかしく、むきになって手で引っ張って戻そうとすると、なぜかぎゅっと握り返された。その動作に困惑して、カヤナは首をかしげる。

「……イズサミ?」
「カヤナの髪も、いつかボクのものになるのかな」

 イズサミは真面目な顔つきになって身を寄せると、髪を握っているのとは逆の手で、カヤナの頬をするりと撫でた。間近から淡い黄色の瞳で見つめられ、心を見透かされているような気分になり、思わず息をのむ。

「……」
「カヤナの、身体も、声も、言葉も、心も。
 いつか……」

 どこか嬉しそうに微笑み、イズサミはカヤナに顔を近づけると、今度は手ではなく唇でカヤナの頬を触れる程度に撫でた。そのまま背中に両腕を回し、身体を懐に引き寄せる。
 イズサミの体温を直に感じ、手足の指先まで強く血が流れる。身体が信じられないほど熱い。このような触れ合いにどう対応していいか分からず、カヤナはイズサミの名を呼びながらぎゅっと目を閉じた。
 名を呼ばれたことで勘違いしたのか、イズサミはカヤナをますます強い力で抱きしめた。

「ん、イズサミ――」
「カヤナといつまでも一緒にいられるかな? ボク、ずっと一緒にいたいな。おじいさんとおばあさんになっても、カヤナと手を繋いで歩いていたい」

 それはつまり――大混乱している頭の中で、カヤナは必死に考えた。それはつまり、年を取るまで、ずっと一緒にいるということは――

「ボクはカヤナと一緒にいられれば、それでいいんだ」

 優しい力で身体を押される。なんだなんだと頭の中で喚いている間に、花畑の上に横たえられたことに気付く。イズサミに上から覗き込まれて、もはやわけがわからず身体を硬直させ、意味もなく彼の顔を凝視するしかできなかった。
 カヤナの極度の緊張が分かったのか、イズサミは困ったようにくすりと笑った。指先で髪のかかっているこめかみを拭う彼の優しい仕草に、なんだかカヤナは急に泣きそうになってきゅっと唇を閉じた。
 ――ああ。
 なんて、あたたかいのだろう。

「ずっと一緒にいようね、カヤナ」

 黒髪を撫でながら、大好きな人が微笑む。それは幸福そうに、ひどく穏やかに。
 カヤナもまたイズサミの頬に、そっと片手を触れた。彼の目が細められる。とても無垢で美しい瞳の中に、彼が愛している女性の姿がある。

 そのとき風が少し強く吹いた。

 カヤナは祈った。
 どうか、この風が二人の未来を祝福する風でありますように、と。
 いつまでも二人の愛が守られますように、と。